〈知の探索〉を続け、「これならいける」という手ごたえを感じたら、そこで深堀する。私はこれを〈知の深化〉と呼んでいます。〈知の探索〉と〈知の深化〉をハイレベルなところでバランス良くできる企業やビジネスパーソンこそがイノベーションを起こすことができる。世界標準のイノベーション研究においても、このことは経営学者のコンセンサスとなっています。
ところが、企業や組織はどうしても〈知の深化〉に偏ってしまう。〈知の探索〉は「言うは易し」ですが、実際には時間がかかるし、予算も確保しなければならない。近年、多くの企業で新規事業推進室やイノベーション推進室といったものがトップダウンでつくられたりもしていますが、最初の2、3年は調子よく探索していても、目覚ましい業績を立てられなければ社内からは「コストセンター」などと揶揄され、短期的な成果を求めて〈知の深化〉に舵を切ってしまいます。しかし、〈知の探索〉をおろそかにするから、結局、中長期的なイノベーションが枯渇するのです。
〈知の探索〉は、成功するまでに失敗が伴います。むしろ、ほとんどが失敗です。ですから、失敗を許容するスキームをつくることが欠かせません。当事者としては人事評価もありますから、失敗は避けたいところでしょう。成功か失敗か、結果だけを見て評価するのでなく、「部下にモチベーションを持たせた」といったように、途中経過の取り組み方もセットにして評価するなど、徹底的に〈知の探索〉に取り組めるようにすべきです。全社的に難しければ、一部だけでもいい。イノベーションを経営戦略に据えるならば、チャレンジできる人事施策も必要です。
〈知の探索〉では、なるべく幅広く、遠くの知見を得る必要があります。この知見は、誰が持っているか。いうまでもなく、我々一人ひとりが持っています。だとするならば、いちばん手っ取り早い組織レベルで行う〈知の探索〉は、多様な人を組織に入れること。近年、各企業でダイバーシティ施策が盛んになっていますが、これはとても理想的な状況です。
さまざまな知見や価値観、考えを持っている人が集まれば、自然と〈知の探索〉をうながし、企業内に知と知の新しい組み合わせが生まれます。ゆくゆくはそれがイノベーションへとつながっていく。ダイバーシティは目的ではなく、イノベーションのための手段です。
ところが、残念ながら日本ではこのあたりのことを十分に理解されていないところがあるように感じています。さまざまな企業のダイバーシティを推進する部署の方とお話しする機会がありますが、「御社は何を目的にしてダイバーシティを?」とたずねると、多くの企業の方が答えに窮する。ダイバーシティそのものが目的になっているからでしょう。
もう一つ、ダイバーシティというと、単に「組織に多様な人を入れること」だと思われがちですが、ダイバーシティを一人の人の内側で成り立たせることもできます。一人ひとりが幅広い知見や経験、多様な価値観を得る経験をしていれば、それをもとに新たな組み合わせを生むことができる。経営学の世界では、これを「イントラパーソナル・ダイバーシティ」と呼んでいます。
例えば、人脈。これからの時代、人脈の価値はますます大きくなっていくはずです。海外で盛んになっている「ソーシャル・ネットワーク研究」では、人はどのような人脈を持てば成功できるか、出世できるかが明らかにされつつあります。そのなかで重要視されるのが「ストラクチャル・ホール」という考え方。これはシカゴ大学のロナルド・バート教授が提唱し、現在のネットワーク理論の中心的な考えとなっているものです。
点が「人」、線が「人脈」だとします。図のような人脈のネットワークがあった場合、いちばん得をするのは赤色で囲んだ点の人です。人脈を持つメリットの一つは、さまざまな情報を得られることですが、図のネットワーク上で右側の島の人たちが発信した情報を左側の人たちに伝えるには、絶対に赤色の人を経由しなければなりません。一見すると、この人は大勢とつながっていないので、損をしているように見えますが、隙間があることでネットワーク全体の情報のハブとなり、結果としてこの人に情報が集中することになります。
特定の分野のスペシャリストであるI型人材、特定の分野に加えて幅広い知識を持つT型人材はしばしば話題に上りますが、イノベーションを起こしている人の多くはH型人材です。一つの柱があり、少し離れたところにも、もう1本の柱がある。つまり、ジャンルの異なる専門分野を複数持ち、境界を越えてそれらをつなぎ合わせているのです。イノベーションのためには、H型人材の育成が急務です。H型人材になろうとすることこそが〈知の探索〉となり、「イントラパーソナル・ダイバーシティ」につながります。
このように考えると、冒頭でご紹介したロート製薬やヤフーの取り組みの目的が明確になります。ロート製薬の副業は、まさにH型の典型です。ヤフーの週休3日制も、3日間も自由な時間を持つことができれば、社員はより有意義な時間にするためにいろいろなことにチャレンジするはず。副業でも、ボランティアでも、趣味でも、会社の外に別の柱をつくるチャンスが必要なのです。
一時的な競争優位のこの時代、戦略、人事、イノベーションが一体化しなければ勝つことはできません。社外へ挑戦することは、イノベートできる人材をつくり、結果的には企業のイノベーション力を高める王道となるのです。